毎月1日は、安宅住吉神社へ
11月1日、今月も安宅住吉神社へ、おついたちまいりに行ってきました。
毎月1日に手を合わせて、おみくじをひく。これが、僕の毎月の習慣です。
先月の10月1日は、神様が出雲に集まるといわれる神無月のスタートでした。爽やかな青空の下で気持ちよくお参りして、ひいたおみくじは大吉。
10月の時点で、今年は10回ひいて大吉が4回。なかなかいい確率じゃないか、と投稿に書いたくらいです(笑)
そして今月は、小吉でした。
毎月同じ神社に行くと、先月の自分と今月の自分を、自然と比べることになります。
あれから何をやってきたか。何ができて、何が足りなかったか。おみくじの結果を見る前に、まずそれを静かに振り返る時間にもなっています。
大吉のときも小吉のときも、僕がやることは変わりません。月のはじめに神社へ行って、気持ちを引き締め直す。それだけです。
何が出たかより、何が書いてあるか
安宅住吉神社は、弁慶と義経が安宅の関を越えた「勧進帳」の舞台。
難関突破の神社として知られています。
僕にとっての難関は、何か特別なことではありません。
毎月いろんなことが起きる、会社経営そのものです。判断に迷うこともあれば、思うように進まないこともある。
だから月のはじめに手を合わせて、気持ちを整えています。
小吉と聞くと、大吉じゃないのか、と思う人もいるかもしれません。
でも僕は、何が出たかより、何が書いてあるかを大事にしています。
今月の言葉は「春風に 池の氷も とけはてて のどけき花の かげぞうつれる」
心を正しく、人に慈しみを持てば、幸いはよくよく添う、という内容でした。凍っていた池の氷がとけて、おだやかな春の光が映る。そんな景色が目に浮かびます。
願い事の欄には「思い通り。でも、やり過ぎれば悪し」とありました。
ここは、ちょっとドキッとしました(笑)。思い通りに進めたい気持ちが強いときほど、知らないうちにやり過ぎていないか。
自分を振り返るいい機会になりました。
裏の「神の教」には、自分のことばかり考えず、思いやりの心で人と社会に尽くし、自分の役目を大事に日々努めること、と書かれていました。
難関というのは、大きな出来事だけを指すのではないと思います。
人のこと、会社のこと、これからのこと。
毎月、答えのすぐには出ない問いが目の前に来ます。そのたびに「自分は役目を果たせているか」と考えるきっかけを、神社でいただいています。
これは、おみくじというより、経営者としての心得をいただいたような気持ちです。
会社は、自分ひとりでは成り立ちません。社員、お客様、地域の皆さんに支えられて、はじめて続いていくものです。
また今月も、笑顔で関を越えていく
大吉が出た月は、気を緩めすぎないように。小吉の月は、やり過ぎていないかを見直すように。
どちらの月も、おみくじは大切なことを教えてくれている気がします。
会社経営は、うまくいく日ばかりではありません。
それでも、社員やお客様、地域の人たちの顔を思い浮かべながら、自分の役目を果たしていく。
その気持ちを、月の初めに確かめる時間が、僕にとってのおついたちまいりです。
運に頼るのではなく、神様からの言葉を胸に、やるべきことをやる。
結果に一喜一憂するよりも、書かれている言葉をどう受け取って、どう行動に変えるか。そこが大事なんだと思っています。
おみくじは、ひいた瞬間の結果より、帰り道にどんな気持ちで一日を始められるかが大切だと思っています。
小吉でも、書かれた言葉を胸に歩き出せたなら、それは十分にいい一日の始まりです。
よし、また今月も。11月も笑顔で関を越えていきます。