僕の中の八ッ場ダム
八ッ場ダムという名前を聞くと、僕の中ではずっと二つの印象がありました。
ひとつは、工事が凍結されたダム。
もうひとつは、完成前に台風の大雨から東京を守ったダム。
土木に関わる仕事をしていると、そういう背景も含めて記憶に残っている方は多いのではないかと思います。
ただ、実際に現地へ行ってみると、ニュースや言葉だけでは分からないことがたくさんあります。
今回、八ッ場ダムに行ってきました。
これで3回目です。
1回目は工事中。
2回目は完成してすぐ。
そして今回が3回目。
同じ場所でも、訪れる時期によって見えるものは大きく変わる。
あらためてそんなことを感じました。
工事中に見たときは、まさに巨大な土木工事の真っ最中。
「本当にここにこんな大きなダムができるんだ」と、そのスケールの大きさに圧倒されたことを覚えています。
完成してすぐに訪れたときは、つくり上げたものの迫力や達成感を感じました。
ただ、そのときはまだ、今ほど周辺施設も整っていませんでした。
今回行ってみると、やんば茶屋があり、資料館もあり、ダムそのものだけではなく、地域とつながる場として少しずつ育ってきたことも感じました。
見るだけじゃなく、感じた
今回の八ッ場ダムで、いちばん心が動いたのは、堤体横を階段で下りたことでした。
上から見る八ッ場ダムももちろんすごい。
でも、近くまで行くと、そのすごさはまったく別物でした。
大きい。
高い。
迫力がある。
そんな言葉では足りないくらい、ダムの存在が身体に入ってくる感じがありました。
見ているというより、感じている。
まさにそんな感覚です。
ダムを見て「すごいな」と思う人は多いと思います。
でも、今回僕は、それを少し越えた気がしました。
「人が、こんなものを本当につくったのか」
その驚きと同時に、これは単に大きな構造物をつくったという話ではないんだということも、強く感じました。
人の命や暮らしを守るために、ここまでのものをつくり上げてきた。
そこに込められた技術、時間、思い、責任。
そういうものまで含めて、八ッ場ダムのすごさなんだと思います。
僕はやっぱり、土木構造物が大好きです。
橋も、道路も、護岸も、ダムもそうですが、ただ大きいから好きなのではありません。
その向こうに、人の知恵があり、努力があり、地域を守ろうとする思いがある。
完成したものの形だけではなく、その背景にある力に惹かれるのです。
八ッ場ダムは、まさにそれを感じさせてくれる場所でした。
八ッ場ダムの役割と土木の力
そして、八ッ場ダムのすごさは、見た目の迫力だけではありません。
大雨のときには洪水を抑え、災害から人やまちを守る。
生活用水として、日々の暮らしを支える。
電力を生み、社会を動かす力にもなる。
さらに今は、観光インフラとして人を呼び込み、地域経済を支える役割まで担っています。
ひとつのダムに、これだけ多くの役割がある。
そう思うと、あらためて土木の力はすごいなと感じます。
土木の仕事は、普段は目立たないことが多いです。
何も起きないことが当たり前。
水が出ることが当たり前。
安全に暮らせることが当たり前。
その“当たり前”を支えているのが土木です。
でも、その当たり前は、誰かがちゃんとつくり、守り、つなぎ続けているから成り立っている。
八ッ場ダムを前にすると、そのことを強く実感します。
工事中に見た八ッ場ダム。
完成してすぐに見た八ッ場ダム。
そして今回、役割を果たしながら、地域とともにある八ッ場ダム。
3回見たからこそ、分かることがありました。
土木は、完成したものをただ見るだけではなく、その役割や力を感じたときに、見え方が変わる。
今回の八ッ場ダムで、僕はそのことをあらためて教えてもらった気がします。
やっぱり土木って、すごい。
そして、やっぱり土木構造物は面白い。
そんなことを、あらためて感じた3回目の八ッ場ダムでした。
今日もブログを読んでいただきありがとうございます!