些細なことが大事に思う
経営のこと、会社の未来のこと、そう考えると、どうしても大きな数字や、目に見える成果といったものに意識が集中しがちになります。
もちろん、それは経営者としての責任ですし、会社の成長のためには避けては通れない道です。
しかし、最近の僕は、それだけでは見えない、もっと大切なことがあるのではないかと、強く感じるようになったのです。
それは、現場の空気、そこで働く皆さんの表情、そして何気ない一言の中に隠された、小さな「気づき」です。
例えば、いつものように元気なはずの仲間が、少しだけ元気なさそうにしている。
あるいは、誰かが誰かに、ほんの少しだけ、自然に手を差し伸べている。
そんな、ほんの些細な出来事の中に、今の江口組の状態や、皆さんの心のありようが、何よりも鮮明に映し出されるように思うのです。
以前は、正直に言うと、僕自身、そういった細かい変化に気づけていなかった部分があったかもしれません。
「大丈夫だろう」「きっと皆、自分の役割をしっかり果たしてくれているだろう」そんな風に、どこかで安易に考えてしまっていた。
でも、そういった「だろう」という思い込みでは、決して届かない、見えないものがある。そのことを、最近、痛感しているんです。
・・・だろうの危うさ
ふと立ち止まって、現場の風景に目を向ける。
そこには、僕がこれまで見落としていた、たくさんの物語が息づいています。
それは、まるで、澄んだ空気を肌で感じるような、そんな感覚です。
ある日、工事現場に足を運んだ時のこと。
いつもの、力強い現場の音、重機が唸る響き、職人さんたちの掛け声。
それらは、江口組の活気そのものです。
しかし、その日は、いつもとは少し違う、静かな、それでいて張り詰めたような空気が流れているのを感じました。
ふと、一人の若い職人さんの顔に目が留まりました。額にはうっすらと汗が滲み、いつもの自信に満ちた表情とは少し違う、どこか不安げな、迷いのようなものが宿っているように見えたのです。
そして、その隣で、ベテランの職人さんが、その若い職人さんの肩に、そっと手を置き、何かを語りかけていました。
その声は、遠くで聞き取れませんでしたが、その仕草一つ一つに、温かさと、信頼のようなものが感じられたのです。
あの時の風は、決して強くはありませんでしたが、僕の心に、じんわりと染み渡るような、不思議な温度を感じました。
それは、単なる風の温度ではなく、人の心の温もり、仲間を思いやる気持ちが、そこに確かに息づいていることの証のように思えたのです。
僕自身、経営者という立場から、どうしても大きな数字や、全体像にばかり目を奪われがちでした。
「大丈夫だろう、皆、ちゃんとやっているだろう」そう信じて疑わなかった、その「だろう」という言葉の裏に、どれだけ多くの、言葉にならない声が、届かずにいたのだろうか。
そう考えると、胸が締め付けられるような思いがします。
人に目を向ける江口組に
だからこそ、これからの江口組は、これまで以上に「人」に目を向けたい、そう強く思っています。
数字を見ることと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に、現場で働く皆さんの表情、声、そして、その心の動きに、真摯に耳を傾けたいのです。
現場の小さな変化。
それは、まるで、静かな水面に落ちた一滴の波紋のよう。
最初は小さくても、やがてそれが広がり、全体の流れを変えていく力を持っています。
元気がない表情、些細な一言、ふとした違和感。
そして、逆に、誰かが自然に手を差し伸べていた場面。
そのような、一見すると取るに足らないような出来事の中にこそ、江口組という組織の、そしてそこに集う人々の、本当の健康状態が表れるのだと、今、確信しています。
僕自身、これまで、その「見えない声」に、十分に応えられていなかったことを、素直に認めます。
皆さんが、懸命に、そして誠実に仕事に取り組んでくれている、その信頼に応えるために、僕にできること。
それは、もっともっと、皆さんの「今」に寄り添うことなのだと思います。
誰かが、ほんの少しだけ、困った顔をしている。
あるいは、誰かが、仲間のために、自然と声をかけている。
そんな、現場で生まれる小さな「兆し」を見逃さない。
そこにこそ、江口組が、これからも皆で共に成長していくための、何より大切なヒントが隠されているはずです。
皆さんの、日々の努力、そして、仲間を思う温かい心。
それら全てが、僕たち江口組の、何よりの財産です。
これからも、皆さんと共に、そんな温かい風が吹く、居心地の良い場所を、一緒に創り上げていきたい。そう願っています。