最大震度7のニュースを見て感じたこと
先週、熊本県で最大震度7の大きな地震が発生しました。
被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
そして、大切な人を守ろうと避難されている皆さま、不安な日々を過ごされている皆さまが、一日も早く安心して暮らせる日常を取り戻せることを心から願っています。
ニュース映像を見ながら、私の頭に浮かんだのは30年前の阪神・淡路大震災でした。
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、最大震度7を観測し、高速道路の橋脚が倒壊し、高架橋が横倒しになるという衝撃的な映像が日本中に流れました。
「橋が倒れる」という光景は、多くの人の記憶に刻まれているのではないでしょうか。
今回の熊本地震も最大震度は同じ7でした。しかし、橋桁がずれるなどの被害はあったものの、多くの橋梁は倒壊を免れています。
もちろん、地震の規模や震源の深さ、揺れ方、地盤条件などが異なるため単純に比較することはできません。それでも私は、この30年間で日本の土木技術は確実に進歩してきたのだと感じています。
見えないところで命を守っている土木の仕事
その思いは、能登半島地震の際にも強く感じました。
私自身が現地で見た光景の中には、何十年も前に造られた道路や構造物が大きな被害を受ける一方、新しい基準で整備された道路や耐震補強された構造物は比較的被害が少ないと感じる場面が多くありました。
もちろん、それだけで被害の大小が決まるわけではありません。
しかし、阪神・淡路大震災という大きな教訓を受け、橋や道路、堤防の設計基準が見直され、耐震技術や施工技術が進歩してきたことが、多くの命や暮らしを守る力になっているのではないかと思います。
江口組も、これまで数多くの耐震工事に携わってきました。
橋脚の耐震補強工事、地震に強い道路づくり、新しい基準で整備される堤防工事など、災害に備えるインフラ整備を続けています。
完成した道路や橋を見ても、「この橋は耐震補強されています」と書かれているわけではありません。
だからこそ、多くの方はその価値に気づく機会が少ないのかもしれません。
しかし、大きな地震が起きても橋が落ちなかった、道路が通れた、堤防が地域を守った。その「当たり前」の結果こそが、これまで積み重ねてきた土木技術の成果なのです。
私は、土木とは「何も起こらない日常をつくる仕事」だと思っています。
道路を造ることが目的ではありません。橋を架けることが目的でもありません。
その先にある、人々の命や暮らしを守ることこそが、本当の目的です。
災害が起きると、建設業は復旧作業で注目されます。
もちろん、それも私たちの大切な役割です。しかし、本当に知っていただきたいのは、その前の仕事です。
災害が起きる前から、「壊れにくい社会」をつくるために、多くの人が現場で汗を流しているということです。
橋が倒れなかった。道路が寸断されなかった。避難路が確保された。
それは偶然ではありません。
何年、何十年という時間をかけて積み重ねられた技術、経験、そして現場で働く人たちの努力があったからこその結果です。
今こそ知ってほしい、土木が守っているもの
今、熊本では、この厳しい暑さの中、多くの建設業の皆さんが復旧・復興の最前線で働いています。
余震への警戒を続けながら重機を動かし、道路を直し、橋を点検し、一日でも早く地域の皆さんが安心して暮らせるよう力を尽くしています。
能登半島地震の際もそうでした。全国から多くの建設会社が集まり、復旧・復興のために力を合わせました。
建設業には「最後に帰り、最初に向かう仕事」という言葉があります。
誰かが困ったとき、一番に現場へ向かい、地域が元の暮らしを取り戻すまで支え続ける。それが私たち建設業の使命です。
どうか皆さんも、熊本で懸命に働く建設業の皆さんを応援してください。
そして、被災された熊本の皆さんが一日も早く穏やかな日常を取り戻せるよう、心を寄せていただければと思います。
そして、道路や橋、堤防を見かけたとき、「これは誰かの命を守るためにつくられているんだ」と少しだけ思い出していただけたら嬉しく思います。
災害は防ぐことはできません。
しかし、被害を減らすことはできます。
完成した瞬間から当たり前の存在となるインフラですが、その当たり前を守るために、今日も全国のどこかで多くの人が汗を流しています。
私たち江口組も、一つひとつの仕事に誇りを持ち、未来の命と暮らしを守るインフラを造り続けていきます。
それが、土木に携わる者の使命だと信じています。