ca2001

細川崇浩
株式会社江口組(工事部) 係長

生まれも育ちもずっと小松。
学生時代は、バレーボールに明け暮れていた。
大学は青森の工業大学へ。
地元で仕事がしたくて小松に戻ってきた。

土木は、出来たものが残る。
自分のした仕事がカタチに残ることの実感を得たくて。出来たものを見る達成感を味わいたくて。
気付いたら、入社してもうすぐ20年になる。
本当にあっという間だった。
俺が就職活動をしていた時は今とは正反対で、就職氷河期の時代。
だけど、江口組から届いたハガキがキッカケで面接を受けることに。実は他のところからもハガキが来ていたんだけどタイミングが合わずで結局行けず終い。
一度会長と面接をして即内定。
その時は、決まって良かったな。
と言うのが最初だったけど、
今は、自分が選んだこの会社だからやり通したいという気持ちがある。ここにおって良かったって自分で思えるような生き方をしたい

ca2002

入社当初~独り立ちまで。
入社当初は、建築の大学を出たとしても、現場の知識を持っていない為
最初の仕事は先輩や上司の手伝いに行かされて、測量とか材料を運ぶとか、そんな感じでした。

4~5年経って現場を一つ任されるようになりました。
最初の仕事は、僕が入社する前から取り掛かっている仕事で、林道を広げるとか伸ばすという仕事内容でした。
1年に100~200メートルしか進まない工事で、時間がかかる仕事でした。地道に少しずつ進めていきました。
僕たちがやっている土木工事は、災害が起きないようにするとか【マイナスをゼロにする仕事】ですね。

グリーンプロジェクトへの転籍時代に学んだこと。
中屋専務に「グリーンプロジェクトを手伝ってもらえないか?」と誘われました。すぐに「良いですよ。」と、返事をするつもりだったんですけど
結婚したばかりだったので奥さんに相談してから転籍への前向きな返事をさせて頂きました。
一緒に仕事をした中屋専務と当時の先輩の仕事は、自分には真似できないですがお手本になっています。
特に、一般のお客様との信頼関係の結び方が凄かったんです。普通ですと、お客様を怒らせてしまった場合、その信頼回復をするには時間がかかるかと思うんですが
その二人に限っては、例え怒らせてしまうことがあっても、お客様が「まぁいいわ、お前ならちゃんとしてくれるやろ。」と言って、あっという間にお客様が許して下さるんです。
土木工事ではそのような経験をすることがこれまでなかったので驚きと衝撃がありました。
グリーンプロジェクトに転籍することが出来て本当に良かったです。土木と仕事内容は違うんですが、そんなに抵抗はありませんでしたよ。

ca2003

江口組戻るも、どん底へ。
江口組に戻ってきて1年が経過した頃、無呼吸症候群になり、手術を受けるために休んでいた期間がありました。
その時、工事が複雑に絡み合っていて大変な状態でした。正直、手術で行けなかったというよりも、現場に行きたくないと思うほど追い込まれていました。
「ちょっとやばいし、もしかしたら辞めるかもしれません。」と中屋専務に話をしたんです。すると、中屋専務が
「あわてんでいいし、ちょっと考えて、どうしても辞めるってなったら言ってきて」と言ってくれました。それから1週間して復帰しました。

人に喋ったからかもしれないですけど、自分の中でしんどいと思っていただけで、言うほど、しんどくなかったんじゃないのって思えるようになったんです。
工事が始まる前は毎回「あれ、抜け漏れないかな?」ってずっと想っていて、それぐらい工事前は今でも緊張します。
だけど、それだけのプレッシャーがあっても頑張れるのは、中屋専務が「失敗しても命まで取ることはないし、何かあったら言ってきたらいいよ。」と言ってくれたからなんです。
それが、一番支えになっているんじゃないかと思います。

隣の芝生は青く見えるけど、自分で選んだ会社がええんか悪いいんかは自分次第。
特にこの業界は、若い子が周りの人からの話とか、影響を受けて辞めて行ってしまう人も多いです。
自分も若い時は、同じように他と比べることもあったし、グチばかり言っていました。
でも、そんなことしても良くなる訳じゃないですし。じゃあ自分が変わるしかないなと思ったんです。
若い子にもそう想ってもらえるようにしていかんなんと思います。

これからの江口グループについて。
今後は、江口グループとしてもっと社会に必要とされるような会社に成長するために、今やっている事業にとどまらず
世の中にとって必要な仕事にチャレンジしていきたいです。
僕自身は、この会社で若い人たちにしっかりと自分のやってきたことを伝えていきます。
伝えることは少し苦手な分野でもありますが、継承していく為の努力を惜しまず、自分自身も成長していきたいと思っています。

ca2004
ca2005